先日会員さまに、当NGOスタッフに対する2回目のインタビューを行っていただきました。
今回は現地に滞在したリハビリスタッフである大坂へのインタビューの機会を設けていただきました。
インタビューアー:NGO会員 清水 眞理子 様
語り手:大坂 啓人
札幌総合医療専門学校卒業後、北原国際病院入職。
その後北原リハビリテーション病院転属後、北原国際病院に再度転属。
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――頭部外傷や脳卒中から一命はとりとめても何らかの後遺症がでると、機能回復の訓練がはじまります。
大坂:脳卒中という病気は他の病気と異なり、ある日突然発症し、身体に運動麻痺などの症状を起こします。そして手術や薬剤を使用した治療を行ったとしても後遺症が残ってしまうことは少なくありません。
そのような患者さんに対してはリハビリテーションを行うことが最も重要となります。
片麻痺症状を持つ患者さんのリハビリは、昔と比べて大きく変化しています。50年以上前にはリハビリという言葉は日本ではあまり知られておらず、麻痺した手足は元にもどらないと考えられていました。そのため麻痺のない手足のみを治療することが主流でした。
しかし現在は脳科学の発達とともにリハビリの内容も進化しています。
脳は常に変化しうる能力「可塑性」を備えている」ことがわかり、運動麻痺を起こした手足が改善することが科学的に証明されました。今日のリハビリでは「麻痺のある手足」、「麻痺のない手足」というように身体を分けた考え方ではなく、患者さんの身体を1つの身体としてトータルに捉え、その方の持つ能力、潜在性をいかに高められるのかを考えて治療を行っています。
例えば右手が動かなくなって、左手に頼って動くことを繰り返すとそのような運動の仕方を強化学習してしまいます。立ち上がるときに、一見立ち上がれたと思っても実は姿勢は左右非対称でバランスも悪いことも多々あります。後々のことを考えると、すぐに立ち上がりの練習を繰り返すよりも、まずは体を起こして姿勢を正し、体を左右のバランスを調整するというところから始めるほうがいいのです。早い段階で適切な道しるべをつくり、患者さんとともにリハビリを行っていくことが大切です。
――リハビリテーション 脳に蓄積されたシステムを再構築する
大坂:リハビリとは、元々人間の脳の中にある記憶・システムを再構築することが目的です。人は、「歩く」、「手を伸ばしてコップをとる」というような動作を無意識に行っています。食事の時も食べ物を無意識に口に入れ、咬んで、飲み込む。それは、脳に蓄積されたシステム、学習された能力のおかげです。
例えば、手を伸ばしてコップをつかむ時、コップまでの距離、自分の手の長さ、コップの重さ、コップは熱いか冷たいか等を無意識に予測し、認識しています。人が行う動作のほとんどは無意識で行なわれています。
リハビリでは、動作・行動を行う時に、療法士が患者さんと一緒に動かして、感覚が返ってくることを一緒に学習していただくようなシステムの再起動が大切です。必要な情報を患者さんの身体に伝え・入力して、患者さん自身が運動をするためのプログラム、システムを起動してもらうことが必要となってきます。具体的には、どういった刺激が体を動かすのに必要なのかを考えて刺激を提供し、一つの動きにどのような動作が必要か一つ一つ分析してパーツパーツに分けてトレーニングを行います。
「ほぐす」等の身体に介入する処置は、外部や自己身体からの感覚を受け取りやすい身体に変えるといった意味をもっています。身体の条件を整え、困難となっている動作や歩行や手の作業を治療します。
このようなリハビリにおいて患者さんの理解や学習を促すためには、性格や気分(例えばうつ症状)、認識する能力や記憶する能力(例えば認知症、失語症、集中力の低下)等をしっかり評価することが大切です。またリハビリや生活の状況によって専門知識や経験を駆使し、個々人に合った方法で臨機応変に介入を進めていくことが求められます。
急性期では生命の危機と隣り合わせですから、呼吸状態等のリスク管理も多くなります。
また、長期療養が必要になりますので、時期に応じて、常に新しいアイデアを持ち続けなければ、患者さんが順応し(刺激に慣れてしまい)、脳が変化しなくなります。
リハビリは、本人はもちろん家族や医療従事者にも根気のいる作業です。これらを続けていくには、患者さん、家族、医療者の全員が1つのチームとなり協力していくことが大切になります。
――予期せぬ状態を受け入れられない患者さんもいらっしゃるでしょう。
大坂:脳卒中は突然発症し、今までできたことができなくなる病気です。それを受け入れるのは当然ながら簡単なことではありません。場合によっては泣いてしまう方や、リハビリをすることを拒否する方もいらっしゃいます。このような場面では、リハビリの知識が豊富である、優れた技術を持っているというだけでは不十分だと思います。
当法人の理事長には「この仕事は人が好きであること、人と関わるのが好きであることが必要」と言われたことがあります。
私の場合、学生時代の臨床実習がターニングポイントになりました。
学校に入学した頃は授業で様々なことを学んでいても、それぞれの必要性や意味が十分に理解できず、実感が持てませんでした。不真面目な学生だったと思います。
しかし臨床実習が始まり、眼の前で患者さんと接した時に、自分の不勉強を痛感しました。それと同時にもっと多くのことを勉強し、理学療法士としての技術を高めて、患者さんの喜ぶ顔を見たいと思いました。
リハビリをして身体が良くなる事は患者さんにとって嬉しいことですが、同時にこの仕事のやりがいを感じる瞬間でもあります。
カンボジアでPT教育に携わる――学生の積極性がすばらしい
大坂:カンボジアでは医療者の養成校であるTSMCで同国の学生の教育にも携わっています。
※TSMC(Technical School for Medical Care)日本の青年海外協力隊(JICA)が支援する学校。看護師、理学療法士、検査技師、放射線技士の養成を行っている。
TSMCはカンボジア国内で唯一理学療法を学べる養成校です。こちらでは1クラスに40人程度の学生が在籍しています。
我々は、週1回2時間の講義を行っています。解剖学、生理学といった基礎医学をベースに、リハビリテーションの理論の講義と技術教育を行っています。また国立コサマック病院で学生の臨床実習も行っています。
この実習では学生の目の前で患者さんのリハビリを見てもらいます。患者さんの持つ様子や症状を説明して講義したことを確認したり、時には患者さんの状態やリハビリの内容に関してディスカッションもします。
カンボジアの学生は元気で積極的です。国民性の違いもあると思いますが、良い意味で自己主張が強く、こちらの質問にも積極的に答えてくれます。仮に間違っても、臆せず何度も質問し、自分なりのアイデアをその場で提示してくれます。彼らは勉強をして理学療法士となって、「高度の技術を身に付けたい」、「患者さんを治療したい」という気持ちをしっかりと持っていると思います。
今後TSMCの看護学科にも当NGOの看護師が講義を行う予定です。看護とリハビリを併せて教育を進めて、カンボジアにおいて日本と同等の医療知識・技術を身につけて欲しいと思っています。
カンボジアにも理学療法士はいますが、日本の知識・技術と比べるとまだ十分とは言えません。またリハビリは理学療法だけではなく、作業療法(OT)・言語療法(ST)も欠かせません。
現在カンボジアに作業療法士、言語聴覚士はいません。今後より一層の医療の発展と高品質な医療を提供するためにOT,STの育成も行いたいと考えています。
コサマック病院での臨床状況は正直驚愕
大坂:初めてコサマック病院を訪れたときは正直驚きました。窓にはガラスが付いておらず、付き添いの家族は床で寝ていて、誰が患者さんで誰が家族かもわからないような病棟でした。患者さんを起こそうと背中に手をいれるとベッドが濡れていたり、ベッドの周りにはゴミや血液の跡があちこちにあるような状態でした。「それが当たりまえ、仕方がない」と思っている医療者やそもそも何が問題なのかを感じていないスタッフもいました。そんな中でもカンボジアスタッフの良いところは、新しいものや新しい人に対する好奇心が強く、良いものであれば吸収する意欲が高いことだと感じています。我々の活動にも理解を示してくれ、今は一緒に協力をして多くの患者さんの治療を行っています。
また小林脳神経外科病院から寄贈いただいた医療機器も無事にカンボジアに届きました。加えて、コサマック病院の手術室を改装して、より高度な手術が行えるように準備を進めています。そしてこれらと同時期に野田総理(当時)がコサマック病院の視察にいらっしゃいました。
私たちは、最終的にはカンボジアで教育している学生自身がカンボジア国内で高水準のリハビリテ―ションをできるようになってほしいと考えています。私自身もカンボジア人に教えることで色々なことを学ぶことができました。彼らの持つ好奇心や向上心はもちろん、症例検討会でも新たな視点で取り組めますし、英語の勉強も再開する大きなきっかけにもなりました。
日本とは真逆の人口構成で若い人が多く、うまく成長していけばカンボジアは大きく変化すると思います。すでに経済成長では目を見張るものがありますが、医療に関しては遅れが見られます。私たちの活動をきっかけにカンボジア全体の医療水準を向上させ、色々な意味で安全に暮らせる社会をつくりたい、そう願っています。