先日会員さまに、当NGOスタッフに対するインタビューを行っていただきました。
今回は団体の活動をより分かりやすく、会員様の目線で紹介していただくという目的の元、現地に滞在した看護スタッフである笠原へのインタビューの機会を設けていただきました。
インタビューアー:NGO会員 清水 眞理子 様
語り手:笠原 明日香
2004年 正看護師国家資格取得
2010年 北原国際病院入職後、
NGO日本医療開発機構事務局員として活動中
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――再選されたオバマ大統領が最初の訪問国のひとつにカンボジアをあげていました。医療従事者としてご覧になるカンボジアの印象はいかがですか?
笠原:経済発展が著しい、高層ビルの建設ラッシュ、高級車が走って、購買意欲が高い、それなのに「国立病院がなぜあのレベルなの?」という違和感。国立病院の医師でさえ月給たったの200ドル、看護師は50ドルです。生活のために、午前は国立病院、午後は自分のクリニックと掛け持ちをし、その結果遅刻が多くなり、日本のようにオン・タイムで仕事開始というわけにはなかなかいきません。
「緊急手術が必要でも最初に問題になるのはお金」
笠原:日本は国民皆保険制度がありますから、ひとまず病院にかかることができます。緊急の場合にはすぐに点滴・検査・手術を行います。でもカンボジアでは最初に問題になるのが「お金」。たとえ交通事故で緊急手術が必要とわかっていても、家族がお金を持って来なければ、検査を始めることもできません。現場の医師ももどかしさを感じています。
また、州ごとに州立病院がありますが、設備に差があり、患者さんが州立病院よりは首都プノンペンのいい病院でみてほしいと思うのは人情です。
ある脳出血のおばあちゃんは、プノンペンの一大病院である国立カルメット病院で受診しましたが、同院では手術ができなかったためベトナムまで行きました。かかった費用は約50万円、一家の月収が40ドルでしたから、持っていた土地を全部売って工面したそうです。ベトナムで受けた手術とは、溜まった血腫を取り除くことと、頭蓋骨を外すことで浮腫んでしまった脳の除圧を図るものです。日本では、外した骨は清潔な状態で冷凍保存しておき、浮腫みが引いてからまた戻します。このおばあちゃんは麻痺は残りましたが、一命は取りとめ帰国しました。しかし、骨を戻すお金がなくそのままになっています。ちなみに、国立コサマック病院では骨を保存する冷凍設備がなく、手術の際、頭と同時にお腹も開け、骨を患者さんのお腹の中にしまいます。確かに自分の体内は一番の保管場所だと思いますが、初めて見た時は驚いたと同時にその工夫に感心もしました。
一方で、国内の富裕層はタイやシンガポールで何百万円もかけて治療を受けているのがカンボジアの実態です。
「従来の医療援助とは全くちがった方法でカンボジアの医療全体を底上げする」
――今までのODA援助というと、立派な病院を建て、足りない医薬品・医療機器を無償で届けるというものでした。
笠原:寄付・寄贈に依存していた甘えなのか、私たち外国人が訪問するとすぐ「あれがない、これがない、」という話になります。自分たちでやって行くという意識がもうちょっとあれば、そして国から一定の予算をもらえる国立病院という立場であれば、もう少し他にやりようがあるのではないかと思っています。そして、援助する側も、病院がある一定レベルに達すると手を引いてしまう、それでは一時しのぎにすぎず、そこから先をどうするのかを考えた支援を行わない限り、今の医療レベルを大きく変えることはできません。
「カンボジアの医療が富裕層にも低所得層にも信頼されるために」
笠原:カンボジアでは交通事故による頭部外傷が多く、また脳梗塞、脳出血でも、高血圧が原因だからと内科で診てきちんとした治療もされないまま家に帰し、寝たきりになる方が多いです。そこで、株式会社北原脳神経外科病院は、高い技術と設備の整った、救急対応可能な救命救急センターとしてELSC(Emergency Life Saving Center)を設立する予定です。今後、国際基準の医療スタッフを育てるべく、その一歩を踏み出したところです。外国で治療を受けている富裕層でも、一刻を争う事態となれば、国内で治療を受けざるをえません。自国の医療に対して信頼をおいてもらう事ができれば、多くの方が国内で医療を受ける事につながり、結果、国内のお金が海外へ流出するのを防ぐことが出来ると思います。国が潤えば医療に割く予算も多くなり、国立病院など公的医療施設が他国からの援助なしで運営出来る日が来ると信じています。
ELSCが開設され、国立病院に十分な予算割り当てができるようになるまでには、ある程度の時間が必要です。その間、周辺諸国へ医療を受けにいけない低所得の患者様をどうすればいいのか最初はとても悩みました。
私たちは医療者ですので、ポリシーとして絶対に低所得の人を見捨てることはできません。そこで考えたのが、国立病院との提携です。国立病院は国の機関ですから、NGOしか介入は許されていませんが、低所得の患者さんの受診が多いため、ここを整備することで低所得の方を救うことができます。そこで我われNGO日本医療開発機構は国立コサマック病院と協力し、同院内にカンボジアではまだ技術が不十分な脳神経外科領域の治療ができる設備をつくるべく活動を行うこととしました。国立コサマック病院で低所得者の治療ができるようにする。そしてコサマック病院とELSCがお互い協力し、医療の質を高めていけば、カンボジアの医療全体の底上げに繋がります。
――カンボジア初の開頭手術がNGO日本医療開発機構のスタッフによって行われ、現地の新聞でも大きく取り上げられました。
笠原:設備が十分でない中での開頭手術は、最初は準備が大変でした。手術は成功し、ほとんどの患者様が術後のリハビリによって歩行できるようになり退院されました。手術、術後管理を通し、現地医療スタッフへ看護技術や記録の重要性などを伝えることが出来たと思います。手術中は多くの医療関係者の見学があり、皆一様に「日本のスタッフは働き者だ」と言っていました。確かにカンボジアと比べると、日本では一人でこなす業務量が多く、無駄が少ないと思います。また、仕事に対する責任感も強いですね。でも、私は医療で一番大切なのは連携だと思っています。全体の流れを把握し、声を掛け合い、コミュニケーションをとる。それが結果として素早い処置、良い看護につながり、患者様の笑顔に繋がると思います。
――カンボジアの人びともやる気はあるでしょう。
笠原:若い子は意欲があります。たまに、「このままじゃ日本人負けちゃうな」と感じることもあります。日本語通訳の採用面接をした時に、向上心が強く、自ら学んでステップ・アップしていく貪欲さに感心しました。彼らは経済的に厳しければ、日中働き、夜学や週末のみ学校に通うほど、学ぶことを喜びと感じています。自分の20代前半と比べると、比較するのが恥ずかしいくらいです。
私達は、スタッフ教育の一歩として、昔JICAが建てたコメディカル養成校のリハビリ科で週一回の講義を開始しました。来年には同校カリキュラムに入れて頂く予定です。看護科も同校での講義が行えるよう介入を始めました。そこで教育を受けた学生が、卒業後、地元に帰ってそこで種をまいてくれればと思っています。将来的にはELSCを実習受け入れ機関とするなど、本格的な医療スタッフの養成に努めていく予定です。
――アフリカでは、日本の援助で養成された看護師が、より待遇のいい南アフリカや英国に行ってしまうという「頭脳流出問題」があります。
笠原:そうならないためにも、カンボジア国内に国際基準の医療を学んできた医療スタッフが活躍できるハイレベルの医療機関が必要なのです。病院はもちろん患者さんのためですが、せっかく高度な医療技術を学んできても、自国で勤務した病院が、設備・技術ともに古典的であったら、スタッフは満足できません。海外に出てしまうか、その病院のやり方にまた戻ってしまうのが関の山です。ELSCはもちろんのこと、国立コサマック病院にも基本的設備を完備し、国際基準の治療・看護に従事できるようにしていきたいと思っています。新しいことを学んだスタッフが増えれば、古いシステムは変えられるはずです。カンボジアには意欲ある学生、ある意味、我われ日本人もうかうかしていられないと思わせるほどの人材が男女問わずたくさんいます。お互い刺激し合える環境をつくっていけると思います。
「各人が流れをつかんで、一歩先まで見通すチーム医療」
――看護師としてカンボジアの医療スタッフに期待することは?
笠原:先を見通した準備・整備、そして計画ができるようになる事ですね。日本の場合、看護師は環境整備から患者さんのケア、医師との連携と仕事が広範囲です。それで全体を見通せる半面、一人一人の業務量はカンボジアの看護師と比べるとかなり多いと思います。カンボジアではそれほど忙しくない状況下であっても、業務がスムーズに進まないことが多々見受けられます。
手術をするとしても、普段からの在庫管理、整理整頓は必須で、緊急時の冷静な対処などは、そのような緊急時に備えた準備と全体の流れを把握していて初めて可能となります。在庫管理、機材のメンテナンスは毎日行う必要がありますし、それ以外にも一週間に一回、月に一回と定期点検が必要となる機器も多いです。使用する時に慌てることがない様、普段から整備しておく必要があるのですが、なかなか思うように定着しないですね。これは医療職種だけでなく、カンボジアでお会いした方に感じる事が多いため、先を見越した動作やスケジューリングが苦手なのはお国柄なのかもしれません。もしそうであるとしたら、今後は統一した方法を記載したマニュアルの作成も必要だと感じています。
日本の新人看護師にも言えることなのですが、「何かをもって来て」というとそこにいたスタッフ3人同時にいなくなる。今こういう流れで私がこれを頼んだということを理解していれば、無駄な動作がなくなり、もたつくことは少なくなります。
私も新人の頃はなかなか出来ませんでした。彼らも絶対できるようになると思いますので、根気よく接していきたいと思います。
――入院患者さんのお世話は食事を含めて家族の役割ですね。病院の一角に家族の調理場がありました。
笠原:日本は完全看護ですが、カンボジアでは基本的に家族が患者様の身の回りの世話をします。しかし、経済発展が著しいカンボジアでも、近い将来日本のように核家族化し、家族が付き添えなくなるのではないかと思うことがあります。病院食を含めたパッケージでの医療提供は、患者様の経済的理由からまだ難しいと感じていますが、ご家族にこういうものを食べさせてほしいと教えることは可能です。治療を行う上で栄養管理は大変重要となるのです。例えば、たんぱく質が不足すると、身体に水がたまり、傷の治癒も遅れます。また、術後、点滴投与だけでは体内の機能がだんだんと落ちて行くので、状態に合わせて胃チューブから栄養剤を投与することもあります。カンボジアでは、粉ミルクのようなパウダーを水に溶かして使うのですが、これが1缶10ドルもします。月給が50ドル程度の家庭にとってはかなりの負担となってしまいます。
そこで当NGOでは、栄養士と一緒に、食材を使用した経管栄養剤を開発しています。現地で安価に入手できる食材で、必要なカロリー、たんぱく質、栄養素がとれるものをつくれないか、八王子とプノンペンで情報交換しながら開発中です。
――NGO日本医療開発機構の事業に賛同者が増えてきていますね。
笠原:北原理事長の著書『「病院」がトヨタを超える日』・『「病院」が東北を救う日』や講演会を通して、また先日行われた日本最大の国際協力イベント「グローバル・フェスタ」でも多くの方が来て下さり、大変心強く思います。医療機器のご寄付もいただき、先月カンボジアに到着しました。現在看護師3名、理学療法士3名、事務員3名が現地にて活動しています。先日、メディカル・エンジニアも短期派遣し、ご寄付いただいた機器の動作確認、故障中の機器の点検を行いました。
ご寄贈していただいた医療機器を輸送する場合、特殊梱包が必要で輸送料金もかかります。また、手術室は本来陽圧をかけ機密性を保つはずが、ドアの建てつけが悪く、天井の塗装ははげ、粉が落ちてきます。感染予防の観点から、手術室の改修が必要ですが、その資金が足りず、現在、Just Givingを通じてご協力をお願いしています。
人のお役に立ちたいという思いで看護師になり、今こうして、広い視野で医療活動ができて幸せです。facebookやスタッフブログでも活動報告をしていますので、ぜひご覧ください。皆さまのご支援を決して無にしないという気持ちでスタッフ一同がんばってまいります。