「医療」×「教育」 ーNGOカンボジア現地教育編ー

活動報告

NGO日本医療開発機構は、カンボジアの国立コサマック病院で活動をしています。

2011年の現地オフィス設立以降、自分たちが感じるカンボジアの問題点と、それに対する現地との意識の差を目の当たりにしながら、介入方法などをどのように折り合いを付けていくのか悩みながら医療活動を行ってきました。活動を行うにつれ、医療提供や病院設備の整備よりも『教育』の必要性を感じ、教育を主軸とした現在の形に変化してきたのです。

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国立コサマック病院は、市内国立病院の中でも一番施設の老朽化が激しく、医療設備の乏しい病院です。初めてこの病院を訪れた時、野戦病院のような環境に、皆絶句し、どこから手をつければよいのか戸惑いました。
それでも、このような状況のコサマック病院にも交通事故の患者さんは搬送されてきます。

脳出血となれば緊急手術も必要となるのですが、手術室は外気や虫が容易に入り、天井の塗装剤がパラパラと舞い落ちてくるような現状でした。開頭手術は腹部の手術よりも清潔な環境で行わなければなりません。私たちは手術室環境改善の必要性を感じ、改装工事を行いました。

改装後、病院スタッフはとても喜び、きれいに使う事を約束してくれました。しかし、建物がきれいになったからと言って、手術室の環境が良くなる訳ではなく、そこで働くスタッフが清潔な環境を理解し、環境整備が自分の責務だと感じない限り、清潔な環境を持続するのは困難でした。

家族と患者-01のコピー

 

またJMDOは、患者さんへ医療介入も行いました。手術や看護ケア、リハビリ…。患者さんは必要な治療やケアが提供されていない状況だったため、スタッフを巻き込みながら行う予定で開始しましたが、「JMDOのスタッフがやってくれる」という依存的な姿勢が強く、彼らのスタンスを変える事が出来ませんでした。

そのような状況の中、たまたま訪れた救急外来で、ある衝撃的な現場に出会いました。

30代の男性が全裸で土だらけのままストレッチャーに横たわっていました。家族が「助けてください」と声をかけてきたので状況を聞くと、その患者さんは搬送されてきてから数時間、そのまま放置されているとの事です。彼は電気工事中に感電。カンボジアの田舎では「感電した者を地中に埋める事で、電気を体外に流す」という言い伝えがあるため、この男性も土に埋められた後、家族にて病院へ運ばれてきました。しかし、感電による熱傷や裂傷が複数ある状態の中、何も処置もさせず数時間放置されていたのです。
その時の救急外来は、忙しい状態ではありませんでしたが、家族が懇願しても何もしてくれません。見るに見かねて傷の洗浄・消毒をしたのですが、もちろん誰も手伝いにきませんでした。日本の看護師は縫合はできないため、病棟で処置してもらうよう患者・家族に伝えその場を離れましたが、翌日、その患者は退院していました。関節が固まる程の熱傷と長時間土まみれという感染症のリスクが高い状況だったのですが、「本人が痛くないから帰りたいと言ったから」という理由で退院を許可していました。

またICUでは、目の前で急変した人がいましたが、対処の方法が分からず、フロアーから看護師が皆いなくなったという状況もありました。急いで呼び戻しましたが、驚く事に吸引器の接続方法さえも知らなかったのです。

 

どんなに設備を整えたところで、使い方や管理方法を知らなければ、状況を変える事は出来ません。そして、どんなに外国人である私たちが医療行為を提供しても、現地の医療者が医療者としての責任を感じ、適切な医療を提供出来るようにならなければ患者さんを救う事、状況を変える事もできないのです。病院環境の整備や医療行為の実施ももちろん必要ですが、全て『教育』とセットにしないと意味をなさないという結論に至りました。そして、今の教育を主軸とした活動に移行していったのです。

もちろん、国立コサマック病院も若手看護師を中心に、自分たちの手で少しずつ変わってきています。しかし、年功序列の体制等があるため、若者達で状況を大きく変える事はなかなかできません。
国立病院は医療系学生の実習場所として指定されているため、毎日多くの学生が実習に訪れます。学生にとって実習中に見る医療現場は、今後の彼らの基準になってしまいます。そのため、JMDOは若手看護師を巻き込みながら学生教育を行い、コサマック病院の環境を彼らと共に変える活動をしているのです。

環境整備

 

カンボジアの医療状況をすぐに変える事は難しいですが、若い力がカンボジアの医療をより良いものに創り上げていけるよう、これからも教育活動に力を入れていきます。

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